言いたい放題はここだけde

アクセスカウンタ

zoom RSS 地方政府の推進に賛成 国と地方政府との権限と責任の見直しでこそ地方が輝く

<<   作成日時 : 2013/04/30 10:53   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

橋下氏「地方政府明記を」 4党幹部、憲法改正の持論展開
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130430-00000065-san-pol

地方行政(Not Equal 都道府県)の強化は僕の持論でもあります。行政は国家、地方行政府、自治体の三階層にすべきであり、地方行政府は現在の政府の"ほとんど"の機能を引き継ぐ。地方行政府には大局的な観点で地方を司る事が求められるので今の都道府県よりも統治範囲は広くする。つまり道州制のことなんですね。自治体とは現在の市町村で十分です。住民への日常公共サービスの担い手ですから。予断ですが、こういう視点でみると大阪都構想が馬鹿げている事がよくわかります。
で、問題となるのは国家の役割です。"ほとんど"の機能は地方行政府に移管する訳ですが国家に残す必要がある機能が4つだけあります。それが外交、軍事、防疫、貿易("ぼうえき"という音が2つあるのは紛らわしいですが)です。これは「対国家間」の問題を含むので独立国としてまとまる必要があります。それ以外だと九州には九州の、沖縄には沖縄の、北海道には北海道の、首都圏には首都圏の課題があり解決方法も異なります。それを中央政府が一元的に考えるから玉虫色の結論にならざるを得なくなるし陳情などという愚かな行為が行われているわけです。「俺らが村にも」という発想をやめることでもあります。
卑弥呼以来の日本はいつの時代でも中央集権国家(であったか、それを目指していた)でした。戦国時代でさえ天下統一を目指していた訳です。勝てば官軍は万国共通の概念ですが、お上という言葉は日本特有のものだと思います。国民の多くが一つの目標を共有していた時代には中央集権制度は有機的に機能します。しかし目標が細分化したり異なってくると中央集権制度は物事の推進を妨げる壁にしかなりません。今はブレークスルーが必要な時期です。地方(都知事は暴走気味ですが東京もひとつの地方です)の時代と言われて久しいですが、当の地方の目はいつも霞ヶ関を向いています。なぜ地元を見れないのか?人・物・金を霞ヶ関が握っているという点も勿論ありますが、一番大きいのは司る都道府県議会議員や都道府県職員の意識が霞ヶ関を向いているからではないか?と思うわけです。それは法律で縛られて「お上(霞ヶ関)にお伺いをたてる」からでもありますが、自らの責任で政策を執行する気構えが無いのです。目標に到達しなかった政策を推進した都道府県職員が責任をとって辞職するなんてないでしょう。そうすれば「絵に描いた餅」「裏づけの無い計画」「御伽噺」(よい例は地方空港です。各道府県が空港を建設する際に作成した需要予測が全く根拠が無い作られた数字である事がよく分かります)が消え、常に責任を背負った緊張感を持った職員で運営される行政サービスが期待できます。住民は公務員を養う民ではなく税金というサービス料金を支払うお客様なのです。
地方行政職員の意識改革を行い金太郎飴的ではない魅力ある地方を作る事こそが地方政府化を推進する最大の理由です。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
地方政府の推進に賛成 国と地方政府との権限と責任の見直しでこそ地方が輝く 言いたい放題はここだけde/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる